VIET NAM ベトナム だよ(6) 2005年12月      

2005年7月8月9月10月11月12月特集(12/24〜1/6)
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 子供達(大学生2人)と私の3人でベトナム縦断の旅行を、年末年始にかけてしました。長くなるので、特集の別ページにしたいと思います。
2005年12月24日(Sat)
 今日は、クリスマスイブ。 Kさんが、美味しいケーキやさんがあるからと、連れて行ってくれたお店です。ひっきりなしに、お客さんが来ています。ムースや生クリームケーキ、チョコレートケーキなど、種類も豊富です。日本で2000円ほどするものが、こちらでは、100,000VND (700円)です。
 今日、夜遅く、直行便でハノイに子供達(大学生2人)がつくので、家族揃ってクリスマスを祝いたいと思っています。Merry Christmas!!


2005年12月23日(Fri)
 ハノイ インターナショナル クワイヤーのメンバーで、イギリス大使公邸で行われるアットホームなクリスマスパーティー参加させていただきました。
 お庭にも、お家にも、クリスマスデコレーションが上品にレイアウトされていました。皆でクリスマスソングを歌い、ホームメイドクッキーやホットワイン(グリューワイン)をいただきながら、楽しいひと時を過ごさせていただきました。
 大使は、先日(19日)キャロリング(クリスマスキャロルを歌いながらまわる)でおじゃましたとき、日本人4人で、「きよしこの夜」を日本語で歌ったのを覚えていて下いました。
 会場で、私が習い始めた英語のイギリス人の先生にも、お会いしまいた。
(実はベトナム語は、1ヶ月でギブアップしてしまっています。)

現在の我が家から見える風景(雪の吉野とは違い、殆ど夏と変わりのない風景です)
2005年12月22日(Thu)
 今日は、吉野の母の○○歳のお誕生日。「お誕生日おめでとう」とウエブカメラで顔を見ながら、スカイプで音声をつないで、バースデーソングを歌いました。(無料なので助かります。)
 音声は時々とぎれますが、私の美声?が、吉野にも伝わったはず・・・・。
本当に、ベトナムと日本と離れているとは、思えないぐらい、近く感じます。が、・・・母が、ウエブカメラで、吉野の窓の外の景色を見せてくれてびっくり!! 12月には珍しく、凄い雪が積もっています。雪で外に出られないので、明治生まれの祖母が赤飯を炊いてくれて3人で、お誕生日をお祝いするそうです。
 今夜は、オペラハウスで、ベトナム交響楽団定期演奏会があり、客演にビオリストの今井信子さんが来越されました。 以前、大阪のイシハラホールで聞いた深い音色が忘れられません。 
 大学でオーケストラに入ってビオラを弾いている息子は、今井さんのCDも何枚か持っていて、ハマッテいました。(残念ながら息子は日本ですが・・・。)

隣の席なのに、番号が連番せはありません。

ビオラ:今井信子
指揮者:本名徹次
Giya Kanchelli 作曲
“Mourned by the Wind”liturgy for Viola and Large orchestra

広田智之さんのオーボエも、向井山朋子さんのピアノも素敵でした。

オーボエ:広田智之
ヴァイオリン:Le Hoang Lan

朝食:ホー屋さん
2005年12月21日(Wen)
 今日も、一日、盛りだくさんでした。

 主人の会社の若いベトナム人の方から、朝食に有名なPho屋さんにお誘いがあり、私も一緒に行きました。
店に朝8時に集合。
 大変ベトナム人に人気がある店らしく、狭い店の中は満員で、店の外の歩道へ、テーブルと椅子のを並べて食べました。
ここの麺は、きし麺のように太めでした。 

横のペットボトルの中味は、焼酎です。ほんの少し口をつけさせてもらいました。キツイ・・
午後からは、
 最近、歴史に目覚めたNさん。昨日も、歴史研究会の小グループに一緒にお邪魔しました。
 今日も、「旧市街地のお寺や神社に行きませんか」とお誘い頂き、いつものKさんもご一緒に、旧市街地でホアンキエム湖の北側あたりを4箇所を散策しました。

@デンハンバック Den Hang Bac
山林の聖母「白花公主(バックホアコンチュア)」が祀られています。
 通路を入って行くと、右側の住宅の中に階段がありそれを上がっていくと、(こんなところ入って行って良いの)と思いながらも、案内していただくと、入り口からは想像もできないほど立派な沢山の神仏が、安置されていました。  
 細い通路にかかっている入り口の看板
DEN(神社)

 「源潔霊祠」がこのデン
(神社)の正式な名前

 そのほか、玉皇上帝や柳杏公主の聖母、仏様も祀られています。
A白馬祠
 9世紀ごろ建てられた古い歴史のある神社です。ハノイ四鎮東の守護神です。
白馬伝説があります。

 前庭の祭礼を行う広場の正面の漆の扉です。
龍(皇帝)、鳳凰(繁栄)、麒麟(吉兆)、亀(長寿)を表しています。
 
 右の壁に、鯉(修行途中)と龍(成功)が描かれ、成功するには困難を乗り越えなければならないという、儒教の教えだそうです。

 左の祠、ガラスの中は、航海の守り神の乾海夫人(けんかいふじん)と、下に虎がいました。

 礼拝を行うところに儀式の際に神霊が乗るとされる大きな神輿と、両側置かれた傘。

 1対のチャンパ像の一方

 木製の「白馬」がここに安置されているらしいのですが、修復中でありませんでした。
白馬神伝説
 1010年、李朝の最初の王、リータイトー(李太祖)は、この地にタン・ロン(昇龍)城を築きましたが、何度作ってもその城壁は崩れてしまいました。ある日、王は、土地の神、龍肚神となったトー・リックおじさんが白馬に跨り一周し、消え去った夢をみます。その白馬の後をたどって城壁を作ってみると、不思議なことに決して崩壊しなかったそうです。
 そこで王は龍肚の神の乗った白馬が消えた場所を白馬祠として、城の守り神「タイン・ホアン(城隍)神」と祭り、城内のヌン(濃)山にもその祠を作りました。
こうして、白馬神は、ヌンの神と一体化することによって、祖先崇拝と土地の神を大事にするハノイの人々にとって、今まで以上に心のよりどころなったということでした。   (ハノイからの招待状:東郷仁著より)
B香義霊祠
 通路突き当たりにある霊を祀っています。これで終わりかなと右通路を曲がると、立派な中庭と本堂がありました。

 おばあさんが、ビンロウを作って食べるところを見せてくれました。
 カルシュームだと言って、石灰を粘着剤として付けていましたが、身体に悪いかも・・・?と少し心配。
でも、これだけ長生きされているから大丈夫ですね。

ビンロウを作って食べるおばあさん。口が真っ赤になります。覚醒作用のある嗜好品。
Cクアンチュオン門
 (Cua O Quan Chuong)
東河門

フランスの統治時代、城壁城門とも破壊され、この門だけが残ったそうです。
19世紀、トゥ・ドゥック帝によって大幅にハノイ城は縮小されました。この時代、羅城の門にあたるオ(塢)が沢山作られ、門の周辺では市が開かれていました。ロンビエン橋の近くにあるオ・クワン・チュオン(塢官掌)と呼ばれる門は、この時代に再建されたもので、他のほとんどの門はただ土を盛り上げた間に簡素な竹の戸がある程度でした。この門の上に「ドン・ハ(東河)門」と書かれてありました。城の東側にある紅河に面した東河坊(村)の入り口だったからです。このドン・ハ門が今の名前に変わったのは、警備中殉職した城を守る役人(クワンチュオン)の栄誉を称えているのだそうです。 (ハノイからの招待状:東郷仁著より)
本日の3人での、歴史散策は、これで終わりです。

Yule log
 自宅に戻ると、併設のホテルから、クリスマスケーキとワインのプレゼントがありました。ラッキー!!
(さすがファイブ スターホテル 気が利いている)
 夕食後、クリスマスソングなんか口ずさみながら、気分もウキウキ・・一口、食べて、ショック!!
 バタークリーム!(生クリームではない)。  「しかたない。200件分だもんね。頂き物だし。」と独り言。
 せめて、メーリークリスマスと書かれたホワイトチョコのプレートでもと、口に入れると・・・・、なんと、チョコではなく、砂糖の塊。 期待した私がバカだった。
2005年12月20日(Tue)
 ハノイ歴史研究会が出しています「歩こうハノイ」という冊子の5冊目が、いよいよ出来上がります。
ハノイ歴史研究会の集まりが、月に1度、大西先生のお話をお聞きしますが、それ以外に、ハノイ歴史研究会の小グループがあり、毎週火曜日に集まり活動されています。主に「歩こうハノイ」という冊子を作る為に、いろいろ話合われているそうです。
 「歩こうハノイ その5」は、ホアンキエム湖の北側を中心に、メンバーの方が、コースを決め、いろいろ取材をされ、写真を撮り、2年がかりでまとめ揚げたものだそうです。
 そして、ほぼ出来上がったところで、大西先生に見ていただき、質問などをして、最終、印刷にかけるそうです。大変なご苦労だと思います。
 本当に、素人の方が作ったと思えないほど、内容が充実していて、しかも分かりやすく、この5冊目を心待ちにされている方が、私の他にも沢山いらっしゃるのではないかと思います。

大西先生から、ご指導頂いているところです。

Hani Cinemateque
2005年12月19日(Mon)
 ハノイ インターナショナル クワイヤーのメンバーで
何箇所か、夜、クリスマスキャロルを歌い歩く、キャロリングをしました。
 ヒルトン ハノイ オペラ→ハノイ シネマテック(映画館つきのCafe)→イギリス大使館公邸→ソフテルメトロポール 
 イギリス大使ご夫妻は、指揮者の方と親しいらしく、ハンドメイドのクッキーや飲み物を出してくださり、凄く私達をアットホームに迎えてくださいました。

イギリス大使館公邸で
2005年12月18日(Sun)
 日本にいる子供たち(大学生)が、年末年始にベトナムに来ますので、ベトナム国内を旅行しようと思い、旅行会社行きプランニングしました。
 ホアンキエム湖の北側にには、「○○Cafe」と看板を揚げた多くの旅行会社があります。デスク1つで、後のスペースはCafeになっているところが多いようです。
 主人は、残念ながら、仕事でハノイに残ります。(私達だけ遊んでごめんなさい。)
 今日のお昼食べた、ラーメン屋さん。(ラーメンショップとお店の看板が揚がっていました)  ハノイにもラーメン屋さんが、あったんだ!
 Kさんと一緒に、Tさんに連れて行ってもらいました。
2005年12月17日(Sat)
 手前左の青りんごのような果物は、Vu Sua スターアップル(和名:スイショウガキ)で、りんごの形をして、表面が綺麗にピカッと輝いていて、皮を剥いて食べると、りんごと言うより柿の味がします。
 手前の真ん中は、Tao tay りんごです。少し水分が少なめです。
 手前の右の細長い緑色のは、Xoai xanh 青マンゴーです。少しお塩を付けて食べると美味しいと店の人に勧められましたが、そのままでも、十分美味しいです。
 奥はおなじみの quit みかん です。日本のものと良く似た味ですが、直径3cmぐらいです。流石に、冬は果物の種類は減りますが、それでもベトナムならではの果物がいろいろ出回っています。
 (フルーツかごは、こちらに来て早々、Kさんと一緒にハンザ市場のバッチャン焼きのお店で買ったものです。)
2005年12月16日(Fri)
 ハノイ日本人「キッズ&ベビーズ」というグループがあります。
 学齢期前の小さい子供を持つ親同士が、子供を遊ばせながら情報交換や友達つくりをする場として集まったのが最初だとお聞きしています。
 現在は、工作などを通じて季節の催しを子供達に教えたり、異なる幼稚園に通う子供達が交わって一緒に遊ぶ場になっていたり、また、親同士の交流の場として活動を続けておられるそうです。
 今日は、「キッズ&ベビーズ」のクリスマス会が、ホテルで行われていました。
 小さい子供さんは、可愛いですね。
2005年12月15日(Thu)
 絵葉書を買い、年賀状にしました。ベトナムの景色と一緒に、切手も楽しんで頂けたらと思い、1枚ずつ張りました。(この切手が、かなり大きい)
 絵葉書が日本の年賀状よりも大きく、インクジェット対応ではないため、1枚づつ手で書きました。
 年末年始は郵便が込合うそうなので、いつ日本に着きますやら・・・・(間の抜けた時期についたら、すみません)
ポストです。

Kさんのアパートのエントランスにある可愛いクリスマスツリー。サンタを抱いているKさん。

娘が日本から送ってくれた「お米ギャラリー」で売っている「松茸おこわ」の素。日本の味でした。
 12月も半ば。NHKのニュースでは、日本海側に沢山の雪が降り、大変なようすです。
 しかし、ハノイは、良い天気で、相変わらず、車の騒音と排気ガスで一杯です。
 木々も紅葉もしないで青々としています。
 なんだか、師走という感じがしません。 
2005年12月14日(Wed)
 ハノイ歴史研究会 第19回 史跡めぐり <軍事博物館> 
大西先生
のご案内です。
 もとは、フランス軍の駐屯地だったところを、1959年12月22日、ベトナム人民創立15周年を記念して開館された。
 12月3日にも、ベトナム人の方のご案内で 軍事博物館に行っていますので、そちらもご覧ください。
<前庭屋外展示>
1975年3月のバンメトート戦で活躍したT54B型戦車


ディエンビエンフー攻略戦(1954年3月13日〜5月7日)で使用されたフランス製105mm榴弾砲

1967年〜1969年かけて、米軍機14機を撃墜した旧ソ連製ミグ21型戦闘機
<前近代>
 紀元前3世紀の青銅器時代に建設されたベトナム第2の古都コーロア城の平面図や古代の火砲などが展示されている。
 杭を浅瀬に打ち込み、敵を浅瀬引き込み、干満の差を利用して動けなくして攻撃したらしい。
<抗仏戦>
武器や装備120Kgも運んだ自転車

ベトミン軍が持つ棒状対戦車兵器ボム・バーカーン
1946年12月19日〜1947年2月17日の約60日間、ハノイにおけるベトミン(ベトナム独立同盟)とフランス軍との攻防のジオラマなどがある。
<抗米戦>  1975年4月30日、南ベトナム政府大統領官邸に突入したベトコン(南ベトナム開放民族戦線)のT54型戦車
 1968年1月30日のテト攻勢でベトコン特別攻撃隊使用のタクシーも展示。
<屋外展示棟群西側の屋外展示>  B52を撃墜した地対空ミサイルSA-2(旧ソ連製)
 そのほか、米軍使用の火砲、ヘリコプター、撃墜されたB52の残骸など展示。
 ベトナムが、フランスとアメリカに勝ったのではなく、負けなかった。と言うほうが正確な表現のようです。
 今日のハノイ歴史研究会はこれで終わりです。
大西先生、ありがとうございました。
2005年12月13日(Tue)
 Yさんから頂いた「Chao Tom チャオトム エビちくわ」(左)と「Nom Do do ノムドゥードゥー 青パパイヤのサラダ」(右)です。どちらもベトナム料理です。
 「Chao Tom チャオトム エビちくわ」は、芯が、サトウキビで、周りに、エビのすり身を巻き、油で揚げています。食べていると甘さが口に広がります。
 「Nom do do ノムドゥードゥー 青パパイヤのサラダ」は、甘酸っぱさと、歯ごたえが特徴です。お酒のつまみにしても美味しいかも。
 路線バスの出来事
 私は車を持っていないので、良く路線バスを利用します。前にも書きましたが、路線バスは、時刻表が無く、10分から20分おきに来るバスを待ちます。バス停には名前が無く、基本的に全てのバス停に止まります。
 バスの中では、運転手さんが一番えらいようです。バスにより、車内の音楽は違い、運転手さんの好みの曲がかかっているようです。目上の人を大事にし、必ず席を代わります。目上の人が乗って来て、席を代わらないでいる若者は、車掌が、代わるように言います。そして、若者も素直にそれに従います。(これは、儒教の教えでしょうか)
 私が良く利用する34番のバスは、いつも込合っています。昨日、そのバスの中で、30歳ぐらいのベトナム人男性と目が合ってしまい、その人が、私に席を譲ってくれたのです。でも、ちゃんと立つのではなく、自分は、そのシートの手すりに、腰掛、私に開いたシートに座るよう促しました。当然、私が座ると、その男性の背中が、私の方にべたっとくっつくことになります。
  (ベトナムでは、他人とバスの中で、引っ付いて乗るのは、良く見かける光景です。人に膝の上に、他人が座ったり、一人シートに、他人が2人くっついて座ったり、手すりに座ったり・・・・)
 よっぽど、断ろうかと思いましたが、言葉の分からない、習慣が違うベトナムで、バスの中で、もめ事にでもなったら大変と思い、その人の好意を素直に、「Cam on(ありがとう)」と言って座らせてもらいました。でも、本当は、べたっと、くっ付かれて暑苦しかった。 
 その男性の名誉のために付け加えると、私の背中合わせの席に、その人の奥さんと赤ちゃんが座っていたので、その男性は、本当に親切で席を譲ってくれたのです。決してセクハラではありません。
2005年12月12日(Mon)
 左側の750mlのビンは、ベトナム産ワイン「ダラットワイン」です。
 ベトナムは、フランスの植民地だったので、ワイン造りが始まったとか。ダラットワインは、赤と白があり安いです。(味はちょっと深みに欠け、イマイチかな)。ワインを売るお店も多く、輸入物のワインも豊富に取り揃えられています。
 右側の一升瓶は、ベトナム産日本酒「越の一(えつのはじめ)」です。
 ベトナム中部のフエで造られています。聞くところによると、日本の砂利屋さんが、砂利を探しに来て、良い水脈を見つけ、これで日本酒を造ったとか。
 ベトナムでこんなに美味しい日本酒に出会えるとは、思っていませんでした。
純米酒なので冷で味わっています。(私は決して、酒飲みではありません。たしなむ程度です。と、言い訳をしておこうかな)

ドリアン:角を触って、食べごろを見てくれました
2005年12月11日(Sun)
 ドリアンです。3年ほど前にシンガポール旅行中に一度食べたことがあり、あの味が忘れられなくて、食い意地の張った私は、誘惑負けて買ってしまいました。 
 味はクリームチーズにアーモンドを混ぜたような感じで、香ばしく、しかもまったりした味ですが、部屋中、えらい臭いが、ズーと漂っています。(臭いをお届けできないのが残念です。) 

ココナッツジュースは、美味しい!
 イチゴ
(日本のイチゴはベトナムのイチゴに比べて遥かに美味しい)
 イチゴも路地物は、今が旬です。
 日本のように甘くなく少しすっぱいめです。
 天秤棒に担いで、おばさんが売りにきます。
 通常、1Kg 36,000VND(280円)ほどですが、値段表示がないので、日本人だと、時々ふっかけられます。
 ひどい場合は、100,000VND(700円)で買った方がいると聞きました。ベトナム人価格の倍以上です。
 真赤に熟れているように見えるのに、山積みにしても、あまりいたまないほど、こちらのイチゴは堅めです。そして、後で聞いたのですが、農薬もたっぷりかかっているそうです。
2005年12月10日(Sat)
 1本だけ紅葉している木を見つけました。他の木は、針葉樹でもないのですが、冬なのに青々としています。

Bo Tung Xeo
焼肉店
 昼食に焼肉を食べました。やはり炭火で焼いてくれます。高級な部位ではありませんが、ベトナム人の沢山入っていて、安くて美味しい店でした。
 メニューは、ベトナム語、英語、韓国語がありました。

アパートのエントランスホールに飾られたクリスマスツリーです。
2005年12月9日(Fri)
 VJCC (Vietnam-Japan Human Resources Cooperation Center  ベトナム日本人材協力センター)の料理教室 8回 に参加しました。
 JVCCは、日本とベトナムの相互理解を促進する目的で、日越両国政府の合意のもと、JICA(独立行政法人国際協力機構)が2002年に設立したそうです。
 今回は、9月23日に次いで「ベトナム料理を作ってみよう」でした。
試食があるので楽しみに参加しています。


生春巻き
Nem cuon tom thit
 具と一緒に巻く味噌のようなものは、茶色い色をした「Cai bong 酒かす」で、これは、酒を造った残りの餅米でできているそうです。
 この酒かすをさらに、砂糖やカラメルソース、酢、塩を加え火にかけて練ります。そしてピーナツを加えます。
この味が、なかなか美味しかったです。

ブンチャー
Bun cha

屋外で炭火で豚肉を焼きます
 自宅で炭火焼きは、ちょっと無理がありますが、炭火で焼く方が、美味しいです。
 コンソメスープの総称が、「Knor(クノール)だしの素」なのにおどろきました。そういえば、紅茶も「リプトン」と言います。

赤もち米のぜんざい
Che nep cam
赤もち米を一旦、炊飯器で炊いてから、砂糖やココナッツミルクを入れて炊きます。
 白の模様は、ココナッツミルクを円系に書いて、それを竹串で、ひっぱりました。

トマトで作るバラの花に挑戦(まずまずの出来でした。)
 夕方、Langha Club ゴルフ練習場に、初めていきました。
 アパートにある練習場とは違い、向こうの方に、的が2あり、広々とした感じです。
 今までは、的に当たった音が聞こえましたが、ここは聞こえないので、つい顔を早く上げてボールがどこへ飛んで行ったか見たくなります。
2005年12月8日(Thu)
 Friend of Vietnam Heritageの日本語グループ ヘリテイジの12月度ツアーがありました。今日は、ホアンキエム湖の北側にある、「漢方薬通り」をメインにまわりました。
@カウラック ポ ニャック ジャズ
 ベトナムのジャズのトップ、グエン・バン・ミン氏の店。毎日ジャスの生演奏があり。多くの欧米人で賑わうそうです。
 最近、日本語看板も、掲げられましたが、「ジャズ」ではなく「ジャ」となっています。
ルオンバンカン通り
1900−1980年は、3路線の市電が走っていたそうです。

AMi ミー 中華面
小麦粉から作られ、黄色い色はターメリックでつけています。

B春煙寺 Xuan Yen スワンエン寺
旧暦1日と15日のみお寺の中にはいれます。
 今日は、残念ながら入れません。お寺の前は、クリスマス前と言うことで、クリスマスの飾りが所狭しと並べられていました。 お寺とクリスマスと言う取り合わせも興味深いですね。
 この寺はチャンフンダオの義理の娘ののLan  Ngocを祀っています。

C東門亭
街の集会所です。

D秤屋
上皿天秤や、昔の天秤が置かれていました。
 この通りは昔、秤屋さん街だったそうです。通りの名前も Pho Hang Can (商品を秤る)と言う意味です。今は、この店1件だけになりました。
 そして嬉しいことに、最近、跡継ぎができたそうです。(写真に移っている方)

EChe dau xanh
 チェー ダウサイン
 緑豆のチェー

皆でおやつ
こういう脱線は大好き!!
 暖かいチェーです。
ココナッツミルク味に、緑豆の餡が入った餅に、ビーナッツが乗っています。
 生姜味で、寒い日には、身体が温まります。
 店は家の中ですが、歩道に風呂椅子に座り食べます。
FLan Ong 通り
 Hai Thuong Lan Ong  (本名:Le Huu Trac)海上頼翁(海の上の怠けもののおじいいちゃん)が、ここに住んでいて、漢方薬で王子の病気を治しました。褒美として、ずっと宮廷に住むように言われたそうですが、ランウオンは、宮廷の生活が余り好きではなかったので、少しの間だけにしたそうです。
 そのとき宮廷の様子を書いた本が、Thuong kinh ky su (上京記事)と言う本で、日本でも、古本屋で9000円ほどで手に入るとか・・・・
 中国福建省出身の人が沢山住み、漢方薬を売ってのですが、中越国境紛争でハノイを離れ、変わりにハノイの南のほうのNam Dinhから来た人たちが住み、やはり漢方薬を売るようになったそうです。

Lan Ong 通りの漢方薬屋さん
G漢方薬
 霊芝 (Linchee 猿のこしかけ)・朝鮮人参・田七人参・にが瓜・竜のオトシゴ・ヒトデなど乾燥させて売っています。
 驚いたことに、「干ししいたけ」と「ゴホウ」も漢方薬として売られていました。

漢方薬屋さんの倉庫です 
 田七人参は、(金不換)とも書かれ、大変貴重なものとして取り扱われているようです。薬効は健康維持・増進です。名前の由来は、田七人参の栽培には7年もの年月を要し、収穫後は何と10年も雑草さえ生えないほど大地の栄養分を吸収するところから、この名前がついたそうです。
 いろいろ説明を聞いているとき、田七人参を買いに来られたベトナム人のお客さんがいて、その場で、粉砕機にかけて、粉にして持って帰られました。
 田七人参は、ベトナムで買うほうが、日本よりはるかに安く買えるそうです。(このような漢方薬があるのも知らなかった私です。)
 別のお店で「ツバメの巣」を漢方薬として売っていました。私の中では、高級中華料理の食材だったのですが、(いつも食い意地が張っていてすみません。)
 効能は、肺の機能を高め、咳を止め、痰をとる。婦人科系の病気に万能であり、食欲を増進し、美肌になるそうです。(美肌にひかれますね・・・・もう手遅れ・・・・)
 お手軽には、ツバメの巣のエキスを35,000VND(300円ぐらい)で飲ませてくれるそうです。
クオリティーが良いのは、かなり高価だそうです。
Hトンネルハウス
 左の写真のおばあさんが出てきたところが、出入り口です。
 中に入ると、暗い通路があり、トンネルのようになり、家が連なっています。
I竹のお店
昔は、茶色の布を売る店が沢山あったが、現在は50年ぐらい前から、竹製品を扱う店が多いところです。

「北の薬」つまり「漢方薬」の意味が、通りの名前になっています。
JDinh Tan Khai 新開寺
 白馬神 Bach Ma ,蘇歴(本当は日本にない漢字ですが、一番近そうなものを当てはめてみました)To Lich ,
鉄鉄 Thiet Boc、の3体が祀られています。
 K李朝(1010-1225) ハノイ城の穴
 素行の良くなかった王様が殺されたとき、棺をこの穴からだしたかどうかは、不明。
Lビンロウ
 葉は、キンマの葉で実はヒンロウのみです。
 ベトナム人のおばあちゃんが、包んで、ガムのようにくちゃくちゃ噛んで、吐き捨てたりしています。
結婚式、葬式には欠かせないもので、少し覚醒作用があるそうです。あまり、食べると口腔癌になるそうなのですが、それを食べているおばちゃんは、十分元気で長生きしているようですよ。

MThe Quiet American の撮影に1985年使われた
Cafe93

NChe ca la vong
チャーカーラーボン
人気が高じて通りの名までチャーカーに 
 100年以上前から続いているチャーカーの専門店。カレー味のついた雷魚とハーブを七輪に載せられたフライパンでグリルし、それを麺の上にかけて味わう。ピーナツやニョクマムで味付けするそうです。メニューはこれだけです。(クセありそう。)

 OCuon ベトナムのクレープのような食べ物
 この店は、タガメのエキスを入れて巻くのもあ袋に入れて、タガメの干したものを吊っていました。
 ちょっと、気持ち悪いかも?でも、1滴入れるだけで、香りがとても良いそうです。

 タガメはカメムシのなかまで体長が6センチメートルもある大型(おおがた)の水生昆虫です。
現在はハノイと呼ばれていますが、時代と共に呼び名も変わっています。
1010年 昇龍 Than Long
1397年 東都 Dong Do
1430年 東京 Dong Kinh
1831年 河内 Hanoi

本日のヘリテイジはこれで終わりです。
 夕方、アパートの前にでていた、とうもろこし売りの人です。
 「芋のふかしたもの」と、「とうもろこしの湯がいたもの」を売っていました。
 思わず買ってしまいました。
 寒い日に食べる日本の「焼き芋や」のような感じでした。

SOURCE-
The photograph shot at Hilton Hanoi Opera
2005年12月7日(Wed)
 ハノイ日本婦人会のクリスマスパーティーが、ヒルトン ハノイ オペラで行われました。
 左の写真は、エントランスにあった大きなクリスマスツリーで、各国のサンタさんが並んでいます。
 素敵な音楽を聴きながら、ビッフェスタイルの、おいしいお食事を頂いて、ちょっと早いクリスマスを楽しみました。
 グリューワインという、シナモン入りの、ドイツ産 ホット赤ワインも少し甘口だったけど美味しかったです。 (ドイツのクリスマスには、欠かせないワインだそうです。)

ベトナム国立交響楽団の弦楽四重奏

会員の方の独唱
2005年12月6日(The)
 ベトナム人の方から、お土産にいただきました。
大きさは、5cm×5cmほどの塊が、細い竹を紐のようにして、繋げています。バナナの葉っぱで何重にも包んでいて、最後に1cm×2cmほどのソーセージ(お皿に乗せているもの)が出てきます。
ちょっと辛くて、ちょっと香草の香りがします。(ベトナムの味です)
2005年12月5日(Mon)
 いつも、路上で食事の紹介が多いので、ちゃんと日本料理屋さんも行っているところを載せます。(実家の母がお腹の心配をしますので)
 いつものKさんと、文廟の近くの「蓮」という日本料理屋さんでランチしました。
やっぱり、和食は上品でおいしい。鳥インフルエンザの関係で、「茶碗蒸し」が、「レンコンの摩り下ろしのアンカケ蒸し物」に変わっていました。

ホーチミン廟
ちょうど衛兵交代
2005年12月3日(Sat)
 主人の会社の若い2人のベトナム人の方が、同僚の日本人の方と、私達夫婦を、一日ハノイ市内を案内してくださいました。全てお任せでお願いしました。
 午前中は、(8月18日)既に行ったことがあったホーチミン廟、一柱寺、ホーチミンの家でしたが、いろいろ説明してくださって、特にホーチミン博物館では、いろいろな新たな発見がありました。
 ホーチミン廟の中は、カメラもバックも携帯も持ち込み禁止です。手前で、預けるところがあります。10月・11月は、ホーチミン主席のご遺体は、ロシアに行ってリメイクしていたそうです。

ホーチミン博物館
 ホーチミン生誕100年を記念して1990年に建てられたそうです。
 ホーチミンの愛用品や書簡、革命への歩みなど、独立宣言したテープなども展示されていました。

ホーチミンの家
 1969年まで住んでいた家が池の向こうに、そのまま残されています。
 木造高床式の住居で廊下から、書斎と寝室を見ることができました。素朴で庶民的な感じがしました。

一柱寺(いっちゅうじ)
李朝の大宗(リータイトン)が1049年に創建したもので、1本の柱の上に、仏堂が乗っています。
 夢の中に観音菩薩が現れ、子供を授かったことに感謝して建てたお寺だそうです。
昼食 Bun moc ブンモック つみれ入り汁麺
あっさり系でなかなか美味しい。
 お店の前の歩道に、テーブルと椅子を出して、外で食べるもの、そよ風が気持ちいいいものです。  

鎮武観
 デン・クアン・チャンブヴー 鎮武観 ちんぶかん
11世紀の李朝時代に北の守護神として建てられた道教のお寺です。
 高さ4mほどの大きな真っ黒い玄天鎮武神の銅像が祀られています。総髪で、黄色の衣を被っています。
 手には下向きに剣を持ち印を結び、剣の先には、「玄武(尾が蛇の亀:奈良県明日香村のキトラ古墳で壁画で有名になった)」がいます。「玄武」は、北の方角を象徴する神聖な動物です。 

お寺の門を入ったところにある、石で造られた1対の狛犬(コマイヌ)ならぬコマゾウ?
 玄天鎮武の足先に手を置いて、お願いするとそれが、叶うそうです。
私も、「ハノイでの生活が、大過なくすごせますように」とお願いしました。
おやつに食べた  Che チェー
「ベトナムぜんざい」と言われ、寒天や、緑豆やフルーツなどいろいろ種類があります。今日は Chu hoa qua チェーホアクア(果物のチェー)
 自分で氷を入れて混ぜて食べます。とてもおいしかったのですが、材料を並べているショーケースの中には、蜂らしき虫が、10匹ほどブンブン飛び回っていました。(お腹は大丈夫でした。強くなったかも?)
軍事博物館

 軍事博物館は、大きく2つの建物があり、地図やパネル、写真などが展示されています。
 手前の建物は、抗仏戦争。1954年フランス軍と戦ったディエンビエンフーの戦いを中心に武器や遺品など。
 奥の建物は、アメリカとのベトナム戦争。1975年サイゴン開放を中心に構成されていました。2Fで戦争記録フィルムも見ました。
 ベトナム人は、2つの大国に勝利したことをとても誇りに思っています。
ただ、大変惨忍で悲惨な写真もいくつかありました。

国旗掲揚台(旗の塔)
今はないハノイ宮殿から移築

アメリカ軍が使用した、ナパーム弾。
1つのミサイルの中に、多くの爆弾が入っています。

サイゴン陥落のとき、大統領官邸に突入した戦車を展示しています。かなり大きいものでした。

夕食 店の前の歩道でテーブルと椅子を出し夕食。よく はやっています。


ホアンキエム湖の北側で、1940年から続いているお店。ベトナム人が良く使う店はおいしさのバロメーター

Nom
左の看板にある漢字から分かるように、干し牛肉に甘酢がかけてある。
これも美味しい!!!

豚のひき肉を、油で揚げている。ビールにぴったり。そして、ビールは、ハノイビール
 ホアンキエム湖の夜景です。
食後に、カフェでシントーというシェイク状のジュースをいただきながら、夜景を楽しみました。
 このお店、入り口は小さいお土産やさんで、その奥に、通路があり、一旦外に出て中庭を通り、別の建物にはいります。知っている人だけが利用するような店で、入り口には、その家の家族だけがお参りするプライベートチャーチならぬ立派なプライベート仏壇(道教)がありました。なんか、異次元空間でした。 
今回は、なかなか、観光では味わえないローカルなベトナム食も味わえました。これが美味しいのです。お腹も大丈夫でした。
ご案内いただいたTaoさん、Tangさん、ありがとうございました。
2005年12月2日(Fri)
 イパニマ(ベトナムで有名なデザイナー)のお店にkさんと日本から来られたkさんのお知り合いの方と立ち寄ってみました。
 シルバーやビーズの小物類。アジアとヨーロッパの融合した超個性的な品物ばかりです。
 レーニン像。こうして建っているレーニン像は、世界に中国とベトナムの2体だけだそうです。
 レーニン像の前では、子供達がサッカーをしていました。
 お昼は、おしゃれにパスタのお店 Pane e Vino。
そこで、偶然同じアパートのMさんにお会いしました。 Mさんは、私より2ヶ月後でハノイの来られ、とってもお洒落で若くてかわいくて上品な方です。
ブログを作ってられるので、ご紹介します。 
http://hananoaru.exblog.jp/
 ちょっと喉が渇いたので、パリデリというお洒落なカフェで、ベトナムのジュースのシントー(シェイク)を飲みました。今日は、ちょっと、いつもと違いお洒落にきめています。お店の中に木が天井を突き抜けてあり、そこにサンタさんがいます。
 チャンティエンプラザというデパートで見つけた面白い爪楊枝入れ。
 左のボタンを押すと、手前からピョコンと爪楊枝が出てくるスグレモノ。ベトナムの楊枝は、上も下も、尖っています。
 夜は、主人の関係のベトナム人の方と、ビアホイ(ビアホール)でサッカーの応援。 “Viet Nam Vo dich!”
 シーゲーム(南アジア10カ国のサッカーの試合)。準決勝戦 ベトナム対マレーシア
 2対1でベトナムの勝ち!!
 ベトナム人が国旗を持ち、バイクに乗り街中に繰り出しています。
日曜日は、タイと決勝戦だそうです。
2005年12月1日(Thu)
 旧市街地のハンクワット通りにある木製ハンコ屋フックロイというお店さんのティエンさん。
 彫刻等を手にどんなデザインでもハンコにしてくれるそうです。ベトナムチックないろいろなハンコがあり、蓮の花の中に自分の名前を彫ってもらいました。$3です。
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